魔物を決して、あなどってはいけない。
かつて世界を瘴気から開放したクリスタルキャラバンのことが記された英雄譚の
デーモンズコートの章で書いてあった一文だ。
大戦争になる前にこの文章が頭をよぎり、あたしは緊張した。
旅をしていて何度も魔物と戦ってはいたが、こんなに大勢のクラヴァットの同族や、
リルティの騎士たちと防衛線を張っての戦いなんて始めてだった。
傭兵として参戦することになって、緊張のあまり敵を待つのも気が気じゃなかったあたしは、
何度もしょーとに切りそろえた髪を弄って気を紛らわしていた。
あたしの癖を良く知っているしろずきんのネール姉ちゃんが、
すぐに緊張していることを見抜き、優しく頭を撫でてくれる。
親友のおうるねっくのセレネちゃんが、
「なんだよお前、こんなもんでビビってんのか?」
と、いつものように男勝りな口調であたしをからかう。
「ちがうわよ!これは……騎士震い。そう! 騎士震いってやつよ!」
「リサ、それを言うなら武者震いよ」
「はは! バーカバーカ、やっぱ
りビビっているんじゃないか!」
「お姉ちゃん!」
「ほらほら、セレネちゃんも寝癖がまだ取れてないわよ」
「な! こんなの……別に……」
「いーなー。お姉ちゃん、あたしもあたしも!」
「いま、オレがやってもらっているだろ!」
「はいはい、ふたりとも順番順番♪」
お姉ちゃんをこのとき取られたのは寂しかったが、
二人のおかげであたしの緊張はなくなっていた。
人々のざわめく声……。不安や喧騒が渦巻く、ファム大農場の防衛線。
「きた!! デーモンズ・コートのやつらだ!!」
その一言で周囲が一変して静かになり、緊張が走る。
あたしも再び緊張が張り詰めた。
ブ……
見晴らしの良いだだっ広くて小高い丘。
ブブ……
丘の影に身を隠して、敵が来るのを待つ。
ブブブ……
遠いところに横一列の黒い線が蠢めいているのが見える。
ブブブブ
黒い線が近づいてくるにつれ、それがリザードマン達の一群だと分かる。
ブブブブブ
あたし達のいる丘にどんどん近づいてくる。
ブブブブブブ
「突撃ーーー!!」
リルティの指揮官が放つその一言であたし達は一斉に丘を飛び出た。
ブブブブブブブ
ぷす
「ひぅ!」
首筋に走る鋭い痛み。その痛みとともにあたしは目を覚ました。
薄暗い牢屋の中……。あたしはそこにいた。
ブブブ……
遠のいていくキラービーの羽音が聞こえる。
そして……。キラービーの毒にやられて体が疼いていくのが分かる。
ここに居るキラービーの毒は通常の毒とは違う。
あたしの中の雌の感情を刺激して欲情させる、猛毒。
「はぁはぁ……。あぁん……」
自然に手がオ○ンコに伸びる。疼きを沈めたいのに、もっと疼いてしまう。
手や指じゃ足りない、もっと、もっと太いものが!!
「ギャギャ」
「あ……」
チャリ!
自分を慰めることに集中していたあたしは、牢屋の中に入ってきた存在に気づかなかった。
あたしにつけられている首輪から伸びる一本の鎖を力いっぱい引っ張られ、無理やり立たされる。
「ギャ!」
そのまま無理やり引っ張られ、あたしは裸足でデーモンズ・コートを歩かされる。
ここに来る前とは違い、服は全て破り捨てられ裸のまま……。
唯一身に着けているのは、この黒い首輪だけ。
惨めだった。裸で鎖に引かれて歩かされるあたしはまるで家畜だ……。
「ギャーギャー!」
そしてつれてこられるこの部屋。
リザードマン達がひしめく、少し大きめの部屋……。
あたしは中央部に突き放されると、すぐに傍のリザードマンがのしかかってくる。
息つく間もなくそそり立つオチン○ンが後ろからあたしを貫く!
「あはぁ!!」
あたしは、これを待っていたんだ。熱くて太いオチン○ン。コレが欲しくて欲しくてたまらなかった。
ジュブ!
もっと!
ジュブジュブ!
もっと、もっと、あたしを貫いて!
あたしの体はキラービーの毒による雌の本能に支配されてリザードマンを求めている。
理性だけが体から切り離され、静かに冷静に遠くで自分が犯されるのを見ているだけ。
人ではない魔物のリザードマンを求めて腰を振り、オチン○ンをしゃぶり、精液で白く汚される。
そんな体を理性はただ見ているだけ……。
見ているだけで、目をそむける事も目を伏せて見ないようにすることも出来ない。
遠くへ行くこともできない。ただし、近づくことは出来る。
しかし、近づいたら最後……、後ろへ戻れない。
牢屋からこの部屋につれてこられるたびに、あたしの理性は体から離れて傍観していた。
……思い切って体に近づいてみようかと考えるときもあった。けど、一度体に近づくと戻れない。
体から理性が離れなくなってしまったら、あたしは人じゃなくなる。身も心も家畜に堕ちてしまう。
キラービーの毒が無くても喜んでリザードマンに腰を振って、オチン○ンを求める家畜に。
そんな気がして、理性はただ傍観するだけだ。自分の痴態を最初から最後まで見届けて、
リザードマンに使い切られて気を失うまで見ることをやめられない。
でも、家畜に堕ちる日は近いのかもしれない。
ちょっとずつだけど、理性の離れる距離が短くなっている。
最初は部屋の隅ぐらいの距離だったのに、今は数歩踏み出すと体に触れる距離に近づいている……。
けれど、希望はあった。助かる希望が。
あたしとお姉ちゃんはあの大戦争で一緒に捕まってしまったけど、
セレネちゃんだけはあの場に居なかった。だから、まだ捕まっていないんだと思う。
だから、いつかセレネちゃんが助けに来てくれる。これが唯一のあたしの希望。
セレネちゃん、はやくたすけにきて。あたしがリザードマンの家畜に堕ちる前に……。
*
不覚だった。
あいつらと離れてしまったのは本当に不覚だった。
デーモンズ・コートとの大戦争……。丘に伏しての攻撃で第一波との戦いは順調だった。
だが、当初の予想よりも早く第二派が現れ、戦いは均衡に戻された。
オレはその中であいつらと一緒に必死に戦っていた。
しかし、そのときだったんだ。別の方向からあれが現れたのだ。
噂に聞いていたとおり、悪趣味な装飾が施された高い高い塔……。
魔王の軍がそこに現れたのだ。
おかげで戦線が分断されて乱戦になり、その混乱のさなかであいつらとバラバラにされてしまったんだ。
その後、乱戦で統率が取れなくなった人間の軍は後方の砦のほうに退却することになった。
オレは退却の最中にあいつらを探しながら砦へ引き返した。
でも、退却の最中にも砦にもあいつらは居なかったんだ……。
人づてにクラヴァットの姉妹の事を聞いていたら、驚愕の事態を知ることになった。
分断されたもう一方の部隊でシンガリを務めて魔族に捕まり、デーモンズ・コートに連れて行かれた。
それを聞いて、オレは後悔した。あの時、あいつらの傍を離れるんじゃなかったと!
人が良すぎるにもほどがある! 雇われの傭兵でシンガリなんてする必要はないだろ!
オレは居ても立っても居られなかった。すぐに砦を飛び出してデーモンズ・コートを目指す。
魔族に制圧された領土にはさすがに見張りが居たが、セルキー特有の見の軽さを利用して、
ウスノロな魔族なんかに見つからないように、デーモンズ・コート一直線に走った。
あいつらだけは、絶対に助け出す! オレはそう決意して、昼夜問わず走り続けた。
*
……オレは死ぬのか?
足がうごかねぇ。腕もうごかねぇ。体中がズキズキしやがる。
へへ……。なんだよ、あっけねぇじゃないか……。オレはここまでか?
霞む目に太陽の光の逆行でいくつかの黒い人影が目に映る。身長の低い、リルティ族の影。
その影の先にある鋭い何かが太陽の光を反射して一筋の光が見えた。
「盗人に裁きを!」
そして、その影の先がオレに向かって伸びようとしたときだった。
「待って!!」
リルティ族の間に影が二つ増えた。
「お願いです! 盗んだもののお金は払いますか
ら! ですから命ばかりは!」
「……おいおい、これっぽっちじゃ足しにもならねぇよ!」
「なら、あたしたちの素材全部ならどうよ!」
「どう、どう、ぎん、きん、ぎんに、ガラスだま、それに、ミスリル……? いや、オリハルコンか!」
「こっちにはきいろいはねもあるぜ!」
「……よし、ならいいだろう! そいつは好き
にしな」
半ば意識が無くなり、遠くなった耳でその会話を聞いていた。
「ねぇ、大丈夫?」
二つの影がオレに近づいてくる、
オレはそれに何も出来ないまま、そこで意識を完全に失った……。
「……ん?」
パチパチ
焚き火の音……? オレは生きているのか?
「あ、気がついた?」
「う……? オレは?」
「まだ動いたらダメよ」
そう言って起き上がろうとするオレを地面に寝かせる。
「ごめんね、本当は宿とかとってそこで看病したかったのだけど……」
「生きているってだでもうけものだと思うよ。
ほんと、眠ったように死んでいたから、お姉ちゃんもあたしも心配だったのよ」
「リサ……。それを言うなら死んだように眠っているよ」
「う!」
なんだ、こいつら?
「……どうしてオレなんか助けたんだ?」
「ん〜。目の前で人が死ぬのを見たくなかった……からかな?」
「バカ! オレはセルキー族だぞ? たすけったって見返りなんかしないぞ」
「それでも構わないわ。私達はただ哀れみであなたを助けただけなんだから、
恩なんて感じなくて良いの」
「なんだよそれ! オレってなんなんだよ!」
「これはあたしとお姉ちゃんの気まぐれだから
ね」
こういわれると、癪に障る。
「気にいらねぇ……。おい、オレを助けるのにいくら払ったんだよ! 確か金出してただろ」
「えーと? お姉ちゃん、アレっていくらだった?」
「うーん、ギルはざっと500ギルぐらいだったけど、素材がいくらだったかまでは……、分からないわね」
「……わかったよ! おまえら旅しているんだろ。払った代金分働いてやるから!」
……オレ、何言ってんだ? 命の恩人だが、恩は感じなくて良いって言っているのに。
だから、傷が治ったらとっとと逃げても良いのに。
「え? どーしてそうなんの!?」
「うるさい! そうでもしないとオレの気が収まらないんだよ!」
「……うーん、それはうれしいのだけど。1文無しになった私たちにあなたを養うことは出来ないわ」
でも、なんだろう。こいつら、温かい……。
「オレはセルキーだぞ? 自分の事ぐらいなんとかやってやる」
「それって……盗み?」
「それ以外あるか?」
「んー、気持ちは嬉しいんだけど、あたしはちょっと嫌だなぁ」
「な! 盗み以外でどうやって稼ぐんだよ!」
「ねぇ……、あなた戦える?」
「あ、あぁ? ラケットなら使えるぜ」
「お姉ちゃん……」
「うん、そうね。……なら、一緒に稼がない? ダンジョンとかで魔物を倒すの」
「それって、儲かるのか?」
「どうだろ? 今までそれでやってきたから、これからもやっていけるんじゃないかな?」
「あなたさえ良ければ、協力してもらえると、嬉しいわね」
「……わかった、それで稼げるなら、オレが協力してやるよ」
「よかった……。私の名前はネール。よろしくね」
「あたしはリサ。あなたは?」
「オ、オレは、セレネ・バースだ」
「なら、セレネちゃんだ! よろしく」
「セ、セレネ……ちゃん?」
*
それがあいつらとの出会いだった。
盗みで失敗して、殺されかけたときに命を救ってくれた、お人好し姉妹。
だからといって、自分の命を粗末にしても良いって言うわけじゃないだろ!
オレはあの時救われたんだ、命もだけど、人生もだ。
ひとりぼっちだったオレに仲間が出来たんだ、
リサは親友だし、ネールもオレの姉みたいな存在だ。
それに、あいつらと居ると温かくて心が安らぐ。
だから、絶対にあいつらは助け出す! 救われた恩を返して、また旅をするんだ!
デーモンズ・コートに侵入して、オレはすぐに牢屋を見つけ出した。
居眠りしていた牢番のリザードマンをラケットで昏倒させると、鍵の束を盗み出し、
オレは牢のほうに向かう。そして、あいつを見つけた!
「リサ! 助けに来たぞ!」
牢屋を空けてオレは中に居るリサに駆け寄った。
「あ……」
裸にされて、牢の隅に首輪で繋がれ、倒れているリサ。
やっと会えたことにオレは思わず抱きしめる。
「せれね……ちゃん?」
焦点の合わない虚ろな瞳……、オレが来るまでの間にひどい目に合わされたんだろう。
「大丈夫か!? ほら、首輪とってやるから、ここから逃げよう!」
首輪に鍵を入れて捻ると、あっさりと首輪はリサから外れる。
「えへへ、ありがとう」
リサが思いっきりオレを抱きしめてくる。リサの温かさを感じる。
「ごめんな、遅くなって」
なつかしい温かさにオレは涙がこぼれる。
「うん……。遅すぎるよ」
「こいつ……!」
このとき、オレはいつもの冗談だと思っていた。
「だって、だって遅すぎるんだもん」
「悪かったって。ほら、離せよ。ぐずぐずするとリザードマン達がきちまうぜ」
ブ……
「もう少し早ければ、よかったのに……」
ブブ……
「イ、イタ! なんだよ、離せよ、痛いじゃないか」
ブブブ……
「でもいいの、セレネちゃんとこれからも一緒だから」
ブブブブ
「何を言って……? 早く離してくれ!」
ブブブブブ
「一緒に……。一緒に、リザードマン様の家畜に堕ちようよ」
ブブブブブブ
「おい、離せ! 離せよ! お願い、離して! いや、嫌ぁ……」
ブブブブブブブ
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ぷす
*
「――それで、侵入したネズミはどうなった?」
「はッ! キラービーに刺されて、発情しておりましたので、兵舎に放り込んでおきました」
ここはリザードマンキングの部屋。
人間達から略奪した金銀でゴテゴテに装飾された悪趣味なインテリアが並んでいる。
「いやー、宴の最中にもうしわけない」
「いやいや、こちらは気にしていないので、お構い無しに」
今日は大戦争に快勝を上げたことによる、デーモンズ・コート挙げての祝勝会。
「しかし、このたびは本当に愉快でしたわい。
挟み撃ちにされて蜘蛛の子を散らすように逃げていった人間達の情けない様。
今でも思い出すと笑みがこぼれますわい」
「はっはっは、それは協力したこちらも同じこと。
たっぷりと支援のほうもしてもらいまして、本当に助かりました」
その宴の広場の一番奥に、リザードマンキングとデスナイトがどっしりと座り、酒を飲み交わしていた。
「しかし、一度で良いから魔王様にお目にかかりたかったものですのぅ」
「それそれは申し訳ない。なにぶん気難しい年頃でして、急遽私が参加することになりまして」
「いやいや、魔王軍随一の実力を持つデスナイト殿が参られただけでも、十分ですわ」
そう言って二人は笑いながらグラスに入った酒を一気に飲み干す。
そしてリザードマンキングがつまみを食べようと目の前にある銀の皿にフォークを伸ばしたとき。
「ふ〜む、つまみが少ないのぅ。これ、追加はまだか?」
「はい。今こちらに――おや、ちょうどきたようです」
部屋の扉が開かれ、コック帽を被った何匹かのリザードマンたちが皿を次々と運び込む。
「……ほぉ〜。珍しい食器ですな」
リザードマンキングの目の前に一つの皿が運ばれたとき、デスナイトは思わず感嘆の声を漏らした。
「どうですか? 今回の勝利品ですぞ」
「なんとも見事な……」
皿……。その皿は無機質な陶器とか金属で作られていなかった。
酒のつまみとして料理された牛肉が中央に並べられているところが微動している。
生きているのだ、皿が。
「これは、クラヴァットですかな?」
「えぇ、戦いのさなかに捕まえましてな。
うちの調教師が腕を振るって作り上げたわけですよ」
そう皿は人間だった。流れるような栗色の髪の毛。クラヴァットにして大きめの胸。
腰のくびれ、体つきも見事に引き締められたグラマーな体系。
整った顔立ちに優しそうな目元……。しかし、その瞳には好色の光を宿していた。
胸の中央はツンと立ち、秘所はジュンと濡れている。
「人間達を回復する忌々しい白魔道士でしたが、 このように人間をやめさせて隷属することに成功しましてな。
いかがですかな、このような食器は?」
そう言いながら、皿にある山のツンとたっているピンク色の部分にフォークの先を軽くかすらせる。
「はぁん」
微かに開かれた口から艶やかな声が漏れる。
「ほほぅ、ではではこちらは」
デスナイトがもう片方のピンクの部分をスプーンで押しつぶす。
「あはぁ」
ほんのりと皿の顔が赤らんでくる。
「なかなかいい感度で」
「気に入りましたか? よろしければ今夜、そちらの寝床に運ばせますが?」
「ほほぅ、では一晩お願いしてみますかな」
そう言ってデスナイトはフォークで料理の牛肉を突き刺す。
フォークの先が牛肉を貫通して皿の肌に軽く突かれるが――
「ひぅ!」
それすら皿は快感として受け取る。
こうして、祝勝会の闇は深まって行った。
*
闇の中で、クラヴァットの妹が踊る。
「もっとオチン○ン頂戴。あたしをジュブジュブして!」
その傍らで親友のセルキーも踊っていた。
「嫌だ! いやいやいや! ダメぇ! イク!
イっちゃう!!」
嫌がりながらも雌の本能でリザードマンの首に手を回して自ら腰を振り、激しく踊る。
「どうぞ、私の中にデスナイト様の精液を注いでください」
清楚なクラヴァットの姉は淫らなところを広げて、自ら汚れることを望んだ。
彼女達はデーモンズ・コートに捕らわれたまま、闇に飲まれていく。
*
魔物を決して、あなどってはいけない
旅立つ前、キャラバンを引退した老人が、
何度も私たちに言った。
その言葉の意味を軽く受け止めたわけではないけど
想像をはるかに超えるものが存在することを知った。
クリスタルキャラバン英雄譚。
デーモンズ・コートの章、序節より。