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無骨な小手を付けたまま、彼はカップの取ってではなく、ふちをつかんで口元へと運んだ。
一度だけ口を付けると、再び白い円形のテーブルへと戻す。
「――のんびりとお茶を飲みながら、本を楽しむ。じつに優雅な一時ですわね、セン?」
センと呼ばれたリルティは視線を手元から上げ、目を細める。自分の向かいに立つ彼女の仮面に、日の光が映っていた。
「今度、お手製のスコーンでも差し入れましょうか?」
「……クロエリか。なんのようだ?」
呟きながら本をたたみ、すでにテーブルに置かれていた本の上に重ねると、彼は腕を組んで座り直した。
クロエリと呼ばれたユークの女性は、断ることもなくセンの向かいに座った。
ついで、軽く会釈をしてからクロエリの隣に、蒼い髪の少女が座った。
その時やっとセンは、この古い知り合いが、セルキーの少
女を連れていることに気がついた。
町の一角、酒場というほどにぎやかではなく、かといって、喫茶店と呼べるほど洗練されてはいない場所に、
三種三様の人間が顔を合わせていた。
小柄な身体に、球根のような頭。他の種族の半分ほどにもかかわらず、強靱な力を秘めたリルティ族。
長身に膝までとどく鳥のような腕。魔術に通じ、常に仮面を付けている謎に満ちたユーク族。
他の二種と違い大きな特徴はなく、華奢な体つき。だが、高い身体能力を持ち、圧倒的な機動力誇るセルキー族。
この世界において「人」と呼ばれる四種族のうち、三種がその場所に揃っていた。
「紹介しますわね、最近知り合いまして、今は一緒に仕事をしている――」
「シャク・シィ、っていいます。よろしくお願いします」
言い終わらないうちに彼女は深々と頭を下げ、上げるときには屈託のない笑顔を浮かべていた。センも頭を下げる。
「セン=シュウキだ、よろしく。大抵の者はセンと呼ぶ」
「はい、センさん!」
素直に応じるセルキーを、ユークはカップを戻しながらたしなめた。
「いいんですよシャク・シィ、もっとくだけていても。前にも言いましたが、あなたと二つ三つほどしか歳は変わらないのですから」
「う〜ん、でも、先輩にあたるわけだし……」
「……確かにクロエリのいう通り、わざわざ敬ってもらう必要はないと思う。そこは、君の好きにすればいい。
……で、お前は、どうして、さりげな
く。人の飲み物を空にしているんだ?」
「……ありゃ?」
シャク・シィはひょい、とクロエリの置いたカップをのぞき込んだ。
白い器には甘酸っぱい匂いと茶葉、数滴の茶色い雫が残っていた。
センにじろり、
とにらまれても、クロエリは悪びれる様子もなく、クスクスと笑いながら立ちあがった。
「その無粋な小手に、この小さな器では余りますでしょう? もっと持ちやすい器でもらってきますわ。
シャク・シィ、何か飲みたいものは?」
「いちごミルクっ!」
いきおいよく手を挙げたために、たゆんと大きく揺れたそれを見て、ユークの女性は肩をすくめた。
「……それ以上大きくなったら、いいかげん走れなくなりますわよ。
センは……さっきと同じ、『虹色紅茶』でかまいませんわね?」
「……ああ」
センは不自然に横を向いたまま応じた。その理由に気づいていた彼女は、笑いを噛みしめながら背を向けた。
店主であるユ−クの女性のいるカウンター
へと歩いていく。
「えっと、セン? で、いいのかな?」
リルティの青年が頷いたので、シャク・シィはそのままの口調で言葉を続けた。
「その小手……邪魔じゃないの?」
首をかしげる彼女の向こうで、クロエリが数人の後に並んでいるのが見えた。ほんの少し、店が混み始めたようだった。
センは自分の右手に目を移し、
鉄の指を動かしてみた。
「……長いこと使い続けているからな、すっかり、身体の一部と同じ存在なんだ。
はずすと逆に、骨だけになったようで、落ち着かないんだよ」
「ふーん、そういうものなんだぁ……」
じっと自分の右手を見つめる彼女に、今度はセンが尋ねた。
「君は……どうしてまた、クロエリと一緒になったんだ?
見たところ、この手の仕事になれているようには見えないが」
センのいう「この手の仕事」が何を指すのか。シャク・シィにはすぐにわかったし、
おそらく、この町にいるほとんどの人間が漠然とわかるだろう。
「えっとね、わたし、最近冒険者になろうと思って旅に出たんだ。で、この町に辿り着いて、
とりあえず、冒険者ギルドに登録しておこうと思ったら
――」
世の中には『冒険者』という、けったいな職業がある。実際には、職のない人間が冒険者を名乗っているだけなのかもしれない。
その名の通り、己の身、一つで諸国を回るため、必然的に冒険者と呼ばれる存在は、
あるていどの戦闘技術を身につけることになる。そのため冒険者たちは辿り着いた先で、
正規軍が相手にしない魔物の討伐や、民間では手に入りにくい物の入手など、
腕に覚えがいる仕事で食いつないでいることが多い。
中には財宝や、旧時代の遺物そのものや、それらの情報を売ることで生計を立てている者もいる。
だが、冒険者には、そうして金銭を得ることを目的としただけでなく、
非日常な世界を求める者や、自分自身が叙事詩の中の存在となることを望む者、
セン=シュウキのように、ただただ戦いを欲する者などもおり、それぞれが様々な思いを抱いて各地をまわっている。
大抵の人間は眉をひそめる職業だが、その世界に魅入られた者が少なくないのは、
多くの冒険者が集まるこの町の存在自体が証明していることだろう。
「――なんか、その時たまたま、他のギルドを組んでいる冒険者の人たちも何人かいて、声をかけられちゃって。
どうしたもんかなー、と困ってたら、クロエリが間に入ってくれて。そんな縁で、今は彼女の下で修行中です」
なるほどな、と、センは声には出さずに呟いた。
冒険者は着の身着のままで、何者にも縛られないという印象があるが、
実際には冒険者を管理する『ギルド』と呼ばれる存在がある。一般に『冒険者ギルド』と呼ばれるものに登録することで、
冒険者は『クエスト』と呼ばれる冒険者への依頼を請け負うことができるようになり、
冒険者のための国からの支援も受けられるようになる。ギルドに登録しておけば安定して仕事を受けることができるため、
ほとんどの冒険者はまずギルドに登録する。さらにその中でメンバーを集めて、自分たちのギルドを組織することも珍しくない。
だが、中にはどこのギルドにも属さない、裏の冒険者たちも存在するし、ギルドに登録しているからといって、
真っ当な人間とは限らない。冒険者が煙たがられる理由の一つに、
犯罪や、それに近いことを生業としている者達が紛れやすい点がある
センはあまり瞳を動かさずに、シャク・シィを見やった。セルキー男女の多くは線が細く、顔立ちが整っており、
他の種族でも思わず目を奪われるものがある。シャク・シィもまた、顔立ちはあどけないが、
その表情の一つ一つが生気に富んでいる。今はまだ幼く見えるが、それでも十分に美人と呼べるだろう。
薄手の服を着ているために、白い肌や身体の凹凸がはっきりとしている。表情や言動には不釣り合いなその身体に、
無骨なリルティでも目のやり場に困っていた。
こんな少女が、しかも初心者ですと顔に書いてあるような子がいれば、ろくな事にならないのは同業者なら何度も頷くところだろう。
セン自身、そういった現場に居合わせたこともあるし、吐き気がするような結果を耳にしたことがあった。
その場にクロエリがいたことは、間違いなく幸運だっただろう。だが――
「しかし、よりにもよってあいつか……」
思わずセンは、口に出してぼやいていた。シャク・シィがきょとん、と見つめてきたので、つい目をそらす。
視線の先に、セルキーの男性と話をするクラヴァットの少年の姿がまた見えた。少年は頭を何度も下げて別れると、
今度はリルティの親子に話しかけている。
クロエリはこの辺りでも名を知られた冒険者であり、その名を聞いてまでシャク・シィにちょっかいを出す輩はいないだろう。
また、彼女の下で経験を積んでいけば、一人前の冒険者になるのも遠くはないはずだ。だが、
クロエリの人と成りを知っているセンとしては、今後この少女に、別の意味で悪い影響が出てしまうのではないか、
と危惧せずにはいられなかった。
ふいに、だれかの笑い声がして、センは意識を白い円卓へと戻した。セルキーの少女が自分を見て微笑んでいる。
「大丈夫だよ、これでもわたし、人を見る目はあるんだから。それに――」
テーブルの中心にまで身を乗り出すと、両肘を立て、形の良い顎を手のひらで包む。
「――わたしも、クロエリと同じくらい、『よりにもよって』、な奴だと思うよ?」
彼女の向かいに座っているリルティは、少し目を見開き、二度瞬きをした。セルキーの少女は笑みを浮かべながら、
軽く頭を左右に揺らしている。そのぴょんとはねた髪の毛を、ふさふさとした四本の指が抑えた。
「まあ、私と意気投合するくらいですからね。並の乙女とはちがいますわよ。――ほら、シャク・シィ。はしたないですわよ」
はーい、と返事をしながらシャク・シィが座り直すと、クロエリはトレーを置き、それぞれの前に一つずつカップを並べていく。
お礼を言いながら、いっきに彼女は桃色のミルクを飲み干していく。口元についた液体を拭うシャク・シィは、
センの目には普通の明るい女の子にしか見えなかった。だがよく考えれば、普通の子がこんな所まで容易く来られるのだろうか。
「女性を見た目で計るなど、愚劣の極みですわよ」
「……そんなつもりはないんだがな」
「では、あれですか? 前のめりに座っているためにさっきからテーブルの上にのっている、
二つの物体が気になりますのかしら?」
「……お前は、喧嘩を売りたいのか?」
若干語尾を荒げたセンに対して、クロエリはわざとらしく、細長い首を振って見せた。
「あらあら、この程度の挑発にのるだなんて……今日のあなたは堪え性がありませんわね。仕事でもしくじりましたのかしら?」
クロエリの問いには答えず、センは黙って顔を背けた。ように、シャク・シィは最初思った。だが、
二人がまったく同じ方向を向いているのに気づいて、慌ててシャク・シィも視線を動かした。
三人のいる場所は町の広場の端にあたり、そこからは広場の中心にある噴水や、
その向こうにそびえる巨大な図書館もよく見える。その様子はシャク・シィが始めて町に来た時と、
何ら変わりはしなかった。広場には様々な種族の人々が行き来し、一般の家族や、見るからに冒険者風の人まで、
たわいもない会話をしながら、ぺこぺこと頭を下げている。
「……んっ?」
シャク・シィは首をかしげて、もう一度広場に目をやった。
広場を行き来する人の中で、一人のクラヴァットの少年が目についた。
見た目はセルキーに近いが、その体躯はしっかりとして力強い。他の種族のような特徴はなく、それゆえか、
どの種族とも調和が取れるとされるクラヴァット族。
紺色の髪の少年は、広場をウロウロしながら道ゆく人に声をかけている。その相手と何度か会話をした後、
相手が首をかしげたり、横にふったりすると、少年は何度も頭を下げていた。そうしてその相手から離れると、
また、きょろきょろと辺りを見回している。
「――三時間ほど前になる」
その様子を三回ほどシャク・シィが確認したところで、センはゆっくり口を開いた。
「いくつか物資を買い足して、門の近くを歩いていたとき、あの少年に声をかけられた。
……『クリスタル病』なるものを知らないか、と……」
「? くりすたるびょう?」
反芻しながらシャク・シィは、クロエリの方を見やった。彼女は仮面の顎に手をかけながら、じっと考え込んでいた。
「……クリスタル……その名前なら聞いたことがありますわ。たしか、遙か昔に存在したといわれる、鉱石の一種、だとか。
けれど、現代では一切、確認されてはいないはずですわ……それに関わる病でしょうか。……それで? その病とやらが?」
「なんでも、彼の村の少女が、そのクリスタル病とやらにかかったらしい。……だが、クロエリの言う通り、
それは遙か太古に失われたはずの病であり、彼の村では対処することができなかったそうだ」
苦々しげに、センは言葉を紡ぐ。
「それで、彼は村を飛び出し、町の人間なら何か知らないかと、自分に声をかけたらしい。だが……」
首を振るリルティの代わりに、ユークが言葉を続けた。
「いくら場数を踏んだ冒険者でも、まるで土俵がちがいますものね。……それでああして、
町中の人間に聞いてまわっているわけですのね」
その時クロエリはいくつかの疑問を抱いた。一つは彼のいう「村」がどこにあるのか。
そしてその「病」はどの程度の感染力を持っているのか。その点について考慮すべきだと思ったが、口には出さなかった。
横にいる少女が、今にも泣き出しそうな表情で彼を見つめていたからだ。ため息をつくとクロエリは、
机の上にあった本の一冊を手にとった。
「……だからといって、わざわざあなたが調べることもないでしょうに」
パラパラとセンが読んでいた書物の中身を確かめる。どうやらこの本は、特定の地域に見られた、
稀少な症例などをまとめたもののようだ。
「あなたも彼も、直接、図書館の老人に尋ねてみればよろしいでしょう?」
「……それって、ラーケイクスさんのこと?」
クロエリは静かに頷き、広場の向こうにそびえる建物を見やった。
この町には、圧倒的蔵書と、何千年もの歴史を持つ巨大な図書館が存在する。あらゆる知識を詰め込んだその館には、
それらと並ぶほどの、もしくはそれ以上の知識を持つと謳われる、ラーケイクスという老人が研究を行っていた。
「あの老人ならクリスタルもご存じでしょうし、その病気のことも、何か知っているかもしれませんわよ」
クロエリは持っていた本を差し出した。それを受け取ると、再びセンは山の上へと戻した。
「無論、話したよ。……だがあの後、図書館に立ち寄ってみたが、ラーケイクス氏は朝方から出かけていて
まだ戻っていないそうだ。おそらく、彼もまだ会えてはいないのだろう」
テーブルに積まれている本は、その時に借りたものだった。
「あら? そうでしたの。あなたのことですからてっきり、ラーケイクス博士のことは何もいわなかったのかと思いましたわ」
首をかしげて、シャク・シィはクロエリとセンを交互に見た。今度はクロエリは、シャク・シィに向かって話し始めた。
「彼、セン=シュウキはですね、あの老人をあまり信用してはいないんですよ」
「え? どうして?」
彼が止めるそぶりを見せないので、クロエリはさらに続けた。
「なんでも……人が見えないんだそうですわ」
「人が……見えない……? どうゆうこと?」
今度は直接、シャク・シィはセンに尋ねた。数秒の後に、センは背けていた顔を二人に見える位置へと戻した。
「相手の趣味思考、どういった人と成りなのかは、二、三度会って話をすればだいたい見えてくる。
少なくとも、自分はそう思っている」
とはいっても、それで相手の全てが計れるわけもない。後からそれが大きく書き換えられることも珍しくはない。しかし――
「――あの老人だけは、何度顔を合わせても、言葉を交わしても、何も見えてこないんだ。
……まるで、どこまで進んでみても、先の見えない洞窟のような……」
「……君子危うきに近寄らず。とでもいったところでしょうか」
「でもさ、とら穴に入んなきゃ、ちびとらは手に入んないよね」
「……虎がいるかどうかも、まったくわからないんだよ」
色々と言いたいことを、センはぐっと飲み込んだ。
「だがしかし、あの老人が東西随一の識者であることは確かだ。彼に聞けば、クリスタル病とやらも、
手がかりが見つかるかもしれない――」
「逆に、彼に聞いてもわからなければ、この地域で答えを見つけることはないでしょうね」
センは相づちを打つと立ち上がり、持ってきた本を紐で束ね始めた。
「さて、自分はそろそろ、失礼するよ」
「え! もういっちゃうの?」
シャク・シィはまるで子犬のような顔で、どれだけ残念なのかを訴えてきた。
本当に、ころころと表情の変わる娘だ。カップを置きながら、センは心の中で苦笑していた。
「もう少し、ゆっくりしていってくださいな。まだ、あなたに手伝ってもらうクエストの話もしていないんですから」
クロエリの翼のような指先で、文字の書かれたムー皮紙が踊っている。それを一瞥すると、すぐにセンはかぶりを振った。
「……悪いが、自分は力にはなれんよ。二人で不安なら、他の奴を頼ってくれ」
「あらあら、こんなか弱い乙女二人を見捨てるだなんて、そんなに大切な用事でもあるのかしら?」
「………」
センは無言で槍を担ぐと、穂先から少し離れた位置に、革袋と数冊の本を紐で吊した。すばやく身支度を調えると、
クロエリに向き直る。
「――別に何もない。ただ気がのらないだけだ」
二人に向かって一礼すると、「失礼する」とだけいって、くるりと背を向けた。槍を担いだ小さな背丈が、
広場の方へと遠ざかっていく。
「……行っちゃったねー」
カップに残った最後の一滴。それを舌の上で転がしながら、シャク・シィは呟いた。あの球根のような頭は、
もうどこにも見えなかった。
「ホントに、何にもなかったのかなぁ? わたしには、急いでるようにも見えたけど……」
「そうですわねぇ――」
クロエリはなにげなく、センの飲んでいたカップを持ち上げた。案の定、大きめの陶器の下には、ギルが数枚置いてあった。
「――用事がないといったのは、事実だと思いますわよ」
とたんに、シャク・シィの表情が曇っていく。
「じゃあ、なんで? もしかして、わたし嫌われちゃったの?」
セルキーの少女はため息をついて、テーブルにうつぶせになった。そんな彼女の頭をなでながら、
クロエリは諭すように話しかける。
「そんなことはありませんわ。たしかに、センは女性と親しく話せる方ではないし、あの背丈ですけれども、
見た目と同じ程度の器ではありませんのよ」
クロエリの手を、そっとシャク・シィは握りかえした。空いた方の手で、クロエリはクエストの内容を確認していた。
彼女が持ってきたクエスト、ギルドから冒険者への依頼は、たいしたものではなかった。彼女一人でも、
初心者のシャク・シィが一緒でも、無理なく達成できるほどの単純な内容だった。そのことはセンも気づいていたはずだ。
それでもクロエリはこのクエストに、シャク・シィにとって初めての仕事に、彼を同行させたかった。理由としては、
初心者のシャク・シィを支援するには、後衛である自分だけでなく、前衛で戦える戦士が欲しかったこともある。
そうすれば、無理なく彼女の実力を計ることができる。だが、それよりももっと大きな理由があった。
それはシャク・シィに、自分以外に頼れる人間を教えておくため。冒険者の行う仕事には、
民間の人間には不可能な仕事が多い。そして、常人には縁のない仕事には、常人にはとうてい考えられない
出来事ばかりが起きる。そんな世界に身を置く以上、どんなにクロエリが場数を踏んでいたとしても、
死に近い場所にいるのは間違いない。こうして、彼女と語り合ったり、助けてあげたりすることも、
いつまで続けられるのかはわからない。
自分に何かがあったときのために、信用できる人物を、何人かシャク・シィに紹介しておきたかったし、
気が合うかも確認しておきたかった。明るくて元気で、けれども少し寂しがりやなセルキーの女の子。
一度この娘の面倒を見ると決めたのだから、中途半端なことをしたくはなかった。
シャク・シィはセンを気に入ったようだが、センの方はどうだろうか? 多少身がまえてはいたが、
印象は悪くないように思えた。ただ間の悪いことに、今の彼にはそれよりも気になることがあるようだった。それにしても――
「――私はセルキーの女の子。彼はクラヴァットの男の子。……フフ、何の因果でしょうね?」
「……クロエリ?」
「あら、ごめんなさい。……同じようになるかは、まだわかりませんものね」
その言葉の意味がわからず、シャク・シィは不思議そうに、クロエリの顔をのぞき込んだ。
だがその真鍮を思わせる仮面に、何も書かれてはいなかった。しかたなく彼女は、視線を傍らのユークから、
広場の方へと向けた。